story
豊穣
圧縮された風土、14キロの物語
目次
ひたちなか海浜鉄道湊線
勝田駅の左隅にひっそりと佇んでいる1番ホーム。東京へ直通で行けるJR常磐線が作り出す大きな流れのすぐ隣でありながら、そこだけ流れる時間の粒が細かいように感じる。
いきなりひたちなか海浜鉄道湊線の旅を始めるのもよいが、この路線は「乗る前の一服」が似合う。
駅東口のロータリーにあるカフェでコーヒーを注文する。カップのぬくもり、湯気にまじるほろ苦さ、鼻孔をつくアロマを感じながら呼吸を整える儀式。
JRの有人改札を抜け、「湊線1日フリー乗車券」を購入し、いざ旅を始めよう。
そこに待っているのは、海へ向かう1両編成の小さなディーゼルカー。
走る距離はわずか14.3キロメートル、駅は11。途中下車をしなければ、終点まで30分にも満たない。しかし、このまちの風土すべてを「圧縮した物語」を感じるにはちょうどいい。
ひたちなか海浜鉄道湊線が胸に残るのは、車窓の美しさだけのせいではない。
一度終わりかけた路線を、このまちの人々がバトンを繋いで走らせ続けてきたという事実がある。
もともと線路は勝田駅から那珂湊駅までだった。しかし、地元住民の働きかけを背景に、酒列磯前神社に近い磯崎駅へと延び、やがて海沿いの阿字ヶ浦駅まで引き伸ばされた。
この路線は、「誰かに連れて行ってもらう鉄道」ではなく、行き先そのものを住民が選び取ってきた鉄道だった。
1964年の東京オリンピック以降、自動車の普及とともに利用者は減少し、年間約350万人いた輸送人員は、2006年には76万人まで落ち込む。那珂湊市と勝田市が合併されたことにより、都市機能が勝田へと移り、那珂湊の人口減少も進むなかで、廃線は現実的な選択肢になりかけていた。
そのとき、この路線に「応援団」と名乗る人々が現れた。
会費を払い、乗り、知らせることで鉄道を支える。固定のメンバーを持たない、緩やかな集まりで、中心にいたのは、かつて日立製作所で働いていた人々や、地域で暮らしてきた住民たちだった。
初詣の時期には、暗闇を照らしながら初日の出のスポットへ案内する。殿山駅では、地元の手で灯りがともされる。元新聞記者の住民が「みなとまちなか漫遊マップ」をつくり、月に一度、応援団の会報が刷られる。
どれも派手な事業ではないが、鉄道を「使い続ける理由」を日常の中で編み直す営みだった。
そうした積み重ねのなかで、2017年には年間輸送人員が再び100万人を超え、黒字化を達成。
現在はひたちなか市が過半数の株式を保有し、公共交通としての役割を支えている。
地域の子どもたちは、通学でこの列車に乗り、成長する。鉄道は、ただ目的地へ運んでくれる装置ではなく、まちの可能性を試すための余白なのだと、このまちでは自然に理解されている。
列車が発着するたび、おらが湊鐵道応援団をはじめとする名もなき担い手の生活の気配が、レールの上に静かに立ち上がってくる。その背景が、車窓というキャンバスの一枚一枚に、確かな重みを与えているように感じられる。
田園の呼吸
発車して間もなく、工機前。
もともと工場で働く人のための駅だった来歴が、車窓の空気をわずかに引き締める。
次の金上(かねあげ)で、その緊張がほどける。駅名が連れてくる縁起の良さは、旅の入口としてちょうどいい——ただ、この駅にはもう一つ、土地の輪郭をくっきりと浮かび上がらせる隣人がいる。
それは、陸上自衛隊の駐屯地。
桜の名所としても知られているそうで、次の春にはまた来ようと、スケジュール帳にそっと書き込む。近くに座る地元の人が、「この近くに美味しい魚を食べさせる店があるんだよ」と友人を誘っている。聞こえないふりをしながら、ひそかに検索する。
そして中根。
ここから先、風景はぐっと開く。田んぼが視界を占め、季節が車窓の主語になり始める。春先には水を張った田が鏡となり、夏は青、秋は黄金、冬は刈り跡の淡い褐色へと移ろう。
列車の速度が遅いのではない。
私の呼吸が少しずつ整えられていく。ローカル線が持つ「風景のテンポ」が、身体に入ってくるようだ。
港町の匂いと記憶
高田の鉄橋を越えると、物語に一本筋が通る。
駅名がそのまま風景の見出しになっていて、列車が橋梁を越える瞬間、湊線の車窓は最も「絵」になる。この一瞬を逃さぬよう、スマートフォンをかまえる。いずれは一眼レフにも挑戦してみたい、そんな気持ちがふと芽生える。
やがて那珂湊。
湊線の心臓部にして、途中下車の誘惑が最も強い駅だ。ここは単に海の幸を目指す場所ではない。港町が日々を動かしている音と匂いのなかに、旅人がふっと混ざれる場所である。駅から那珂湊おさかな市場は徒歩圏。新鮮な魚介へと一直線に吸い寄せられていく。海の町のテンポで歩ける距離感が、ちょうどいい。
駅猫という偶然。
那珂湊には、「会いに行く理由」がもうひとつある。駅猫の存在だ。かつて那珂湊駅で愛された駅猫「おさむ」は、2009年にふらりとこの駅に現れ、ホームでくつろぎながら乗客や駅員と過ごすうちに、誰からともなく「駅猫」と呼ばれるようになった。
最期は駅勤務の始まる時間を待っていたかのように永眠したと伝えられ、その日には地元でお別れ会も開かれたという。
いま、後継の駅猫「ミニさむ」が、その場をそっと受け継いでいる。
ミニさむには、駅員さんに「3日ぶりに帰ってきたね」と迎えられるような自由気ままな日常があり、ホームで人にスリスリしたり、足元に寄ってくる姿に、訪れる旅人が思わず笑顔になる。
会えるかどうかは本当に運次第だ。それでも、ホームのどこかに「今日もいるかもしれない」という気配があるだけで、旅の記憶に体温が宿る。
銀色の記憶
さらにもうひとつ、鉄道好きの心を掴む「展示」がある。
それは、役目を終えた車両たち。その中でもひときわ目を引くのが、日本初のステンレス製気動車として知られる古い車両、「ケハ601」。この電車が生まれたのは、スマートフォンなんて便利な物が世に生まれてくるなんて想像もしていなかった頃。
60年以上も前に作られた銀色の車体は、鉄道雑誌の写真で見る以上に時間の手触りを帯びている。磨かれた金属というよりも、時を受け止めてきた素材として、そこにある。
港町の匂いのすぐ隣に置かれた鉄の記憶。
那珂湊の魅力は、こうした場所で、静かに、しかし確実に深まっていく。
那珂湊の甘い寄り道
甘い寄り道を挟むなら、那珂湊駅周辺は「ほしいも王国」の入口でもある。
少し歩くと、干し芋専門店や、さつまいもを使ったスイーツを扱う店が点在している。
干し芋専門店では、地元の人たちが迷いなく商品を手に取っている。ぱぱっと選び、いくつも袋に入れて店を出ていく。贈答用にも使われるのか、送り状を何枚も書いている人もいる。その様子を見ていると、干し芋は観光のための特別なものというより、このまちの日常に染み込んでいる食べものなのだと気づかされる。
一方、観光客の私は、まずその種類の多さに立ち止まってしまう。
黄金色に近いもの、白く粉をふいたもの、紫色のもの。さつまいもの種類も、切り方も厚みもさまざまで、切らずに丸のまま干されたものもある。何を基準に選べばいいのか、すぐには決められない。
だからまずは、いろいろ試してみようと思い、自分用に小さな袋をいくつか買ってみる。何度かこのまちを訪れるうちに、地元の人のように、迷わず手に取れる一品ができたらいい。
すっかり気分は干し芋になり、今食べてみたいという衝動に駆られて、カフェまで足を延ばす。干し芋ジェラート、干し芋シェイク、焼き芋のブリュレ、生絞り芋モンブラン…。深煎りのコーヒーと一緒に味わうと、ほんのりと感じる潮風の匂いと甘味が交じり合い、身体の速度がゆるやかに変わっていくのが分かる。
さっき駅でメモをした時刻表を確認し、次に乗る列車を一本遅らせる。いや、二本遅らせようか。
このまちならではの自然の甘味を味わう。そんな自分へのご褒美も、ここでは許される気がする。
海が「たまにしか見えない」から、心に刺さる
那珂湊を過ぎると、湊線は「海浜」の名に反して、むやみに海を見せない。だからこそ、海がふいに現れる瞬間が強烈になる。
殿山は、道路から階段を下りてホームへ向かう珍しい構造の駅で、視界が切り替わる。潮風が近づき、空気の密度が変わる。そして平磯。カーブしたホームに立つと、線路の先が少しだけ見通しづらい。
その「先が見えない感じ」が、海辺の旅には似合う。
殿山と平磯の間、沢メキ踏切あたりは、平磯海岸を背景に列車が現れる「決定的な一枚」が生まれる場所として語られる。
土地の主役が切り替わる時間
ここから先が、もう一つの見どころだ。田んぼの風景が遠ざかり、土の表情が乾いていく。畝の線が見え始め、畑のリズムが車窓に刻まれる。湊線の終盤は、米作の柔らかな水平線から、サツマイモ畑の規則正しい畝へ——「土地の主役」が切り替わる時間だ。
田んぼの面影が消え、畝の陰影が現れる。車窓のテクスチャーが変わった時、旅はもう一段深まる。
新しい駅、美乃浜学園を通ると、今度は未来の匂いが混ざる。暮らしの動線のために駅が生まれ、路線が「保存」ではなく「更新」され続けていることが、風景からも伝わってくる。
途中、磯崎で降りれば、酒列磯前神社へも足を伸ばせる。海辺の信仰と椿の参道へ、列車旅がそのまま繋がっていくのがいい。寄り道のしやすさが、この路線の「旅の自由度」を底上げしている。
終点という余白
そして終点、阿字ヶ浦。
空が広い。海が近い。国営ひたち海浜公園へ接続する拠点でもあるが、ここで立ち止まりたいのは、旅の締めに「甘い余韻」と「祈り」が用意されていることだ。
ひとつは「ほしいも神社」と、その境内のカフェ。参拝のあとにコーヒーや芋菓子で休憩できる導線があり、「干し芋の町」らしい幸福が最後に置かれている。
もうひとつは「ひたちなか開運鐡道神社」。鳥居にレールが使われ、車両が御神体として語られる。
旅の終わりに神社があるのではない。鉄道そのものが、土地の大切な存在としてここに鎮まっている。
終点らしい余白と、ちょっと不思議な物語が、最後のページをきれいに閉じてくれる。
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アクセス
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勝田駅
住所:茨城県ひたちなか市勝田中央1-1
那珂湊駅
住所:茨城県ひたちなか市釈迦町22−2
那珂湊おさかな市場
住所:茨城県ひたちなか市湊本町19−8
沢メキ踏切道
住所:茨城県ひたちなか市沢メキ
ひたちなか開運鐡道神社(阿字ヶ浦駅)
住所:茨城県ひたちなか市阿字ケ浦町204
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